犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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『太王四神記』
最近は夫婦して『太王四神記』に嵌っている
これは高句麗の広開王の伝記をフュージョンして作ったドラマである
もう最終部分になっている。
前回連休中で見のがしたので夫婦で大騒ぎになり、インターネットの韓国語版の海賊版をみた。

公式ページ
http://www.nifty.com/taiousijinki/index2.html

家内はプレミアムイベントのチケットをやっと手に入れたらしい。
でもyahooのオークションですごい値がついている。
アリーナ席で最前列だと60万とか、8千円の席が!!!

080510_taiou468_3.gif


游游おじさんの見解
このドラマには最近の中国と韓国の歴史研究の論争が背景にあるのです。中国の学会では高句麗は朝鮮の國ではなく、中国の國だったという見解がしめされ、韓国の歴史学会から反論が出ていたのです。そこには北朝鮮崩壊後の見とり地図が示されているのです。すなわち高句麗が中国の王朝と言う見解でその領土は中国のものという主張に沿って、北朝鮮を併合したいという意図があるのです。それを否定するためにこのドラマは作られたと思われます。




公式見解の案内
今回のドラマ『太王四神記』の舞台になった高句麗という古代国家は、七〇〇年もの長い歴史を持っている。その前の古朝鮮は二千年以上続いたといわれるが、神話時代から始まって正確な年度の推定は不可能だ。
一方、高句麗の歴史や文化を概観すると、なぜ長期間に渡って国家を維持出来たのか、その理由がわかるだろう。歴史的に長続きする国家に共通しているのは、支配層のリーダーシップが国民の隅々まで浸透し、国家全体が一つにまとまっている。これは古代国家でも同様だ。高句麗という古代の国家は、卓越した支配層のリーダーシップの下に民衆の力が一丸となって大国をつくり、長い間、国家を繁栄に導いてきたのだ。

当時の高句麗人たちは民族的なプライドが非常に高く、他の民族に支配されることを何より恐れていた。一方で先進的な文明を積極的に受け入れる民族でもあった。
当時の高句麗は、南からは百済と新羅の脅威、北からは前燕・後燕をはじめとする隋と唐の攻撃を受けており、周囲の敵の侵略から自分たちを守るものは、団結力と軍事力しかなかったのだ。この団結力を育てるためには、何よりも共同体である意識が必要であり、これは王や官僚ら上層部が主導して高まったものではなく、上下関係を問わず、長い歴史の中で自然に作られたものだったのだ。
高句麗人たちは、伝統的な風習に基づいて暮らしており、様々な祭りや競技などを共に行いながら、お互いの仲間意識を高めていった。
また、頻繁に行われていたのが「テッキョン(現在の韓国の国技である太拳道の原型)」などの武術や狩り、弓道を競う大会で、こういうものを通して、高句麗の男性はみんな、戦士として鍛えられ育てられたのだ。
さらに、軍事力を増強するため、高句麗人たちは馬の飼育と鉄の生産に力を注いだ。当時から高句麗の馬と鉄は有名であり、移動手段として、馬が最も適切なものだった。乗馬に慣れていた高句麗人たちは、戦闘も騎馬兵を中心に行われていた。

高句麗が古朝鮮の領土を回復した長寿王の時代に、最大の領域を確保できた理由とは、勇敢な王による卓越した指導力に率いられ高句麗人たち全員が集結し、国家を守った団結力にあると言われる。
そのような状況の中で、広開土大王タムドクは、高句麗を代々治めた王たちの中でも特に優れた人物だったと伝えられている。彼は勇敢かつ聡明でありながら、庶民の生活に心を砕くという、心の優しい王だったのだ。
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