犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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おかしいぞ臓器移植の同意書
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大津市の国民健康保健の裏に臓器提供の意思表示欄がある。これはどうしてこんなことが許されるのかわからない。この20年来の臓器移植の議論がこんな安易な形で終結して同意を求めていいものかと思われるのである。臓器移植は日本人の人生観を変えるような大きな問題なのに、保険証の裏に意思表示を求めるべき様な問題ではない気がする。
人間は人の肉を食べることは許されないと言うのが倫理観でした。でも最近は人の精子や卵子、胎盤、髪の毛、血液、骨など利用できるものはすべて他人の肉体を利用して、生命維持や生殖を進めているのです。そこでは人肉を食べるのと変わらない思想が存在します。自分の肉体を飢えた獅子に食べさせた釋尊の前世譚にあるように自分の肉体を他者に利用してもらうことになんら異存はないのですが、自分だけは他者の肉体をもらってまで生きたいとは思わないのです。
大岡昇平は「野火」で人肉をたべる意思に強い抵抗を示しています。魯迅の「薬」には、結核になった子供のために銃殺刑になった生き血をまんとうに吸わせて食べる親の悲哀を描いているのです。こんなに簡単に臓器移植が認められるとこれらの文学の哀しみさえわからなくなるのではないのでしょうか。
人の死や命が軽んぜられ、こんな大切なことをカードの裏に意思表示させる見識に大きな疑問を持つのです。さらに臓器移植のために安易に死亡認定がされるのではないかとも危惧するのです。医療をするものとしてそれぞれの命を大切にしたいと思います。それは死に至った個人においても同じではないでしょうか。いまある時間を精一杯に生きる。死なない人はいないのです。

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