犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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平田篤胤『霊の真柱』
20061013222301
平田篤胤の『霊の真柱』(たまのみはしら)を読んだ。平田篤胤を読んだのは初めてである。以前『出定笑語』を買ったことがあったが、読まずに何処かに入れたままに終わっていた。今回彼の著を読んで、霊の在り方について、近代人の新しい解釈を知ることができた。本居宣長や賀茂真淵など近代の国学の展開の一つの到達点だと思われる。
儒学の霊魂論のように霊が論理的に処理されるようなものではないことを述べ、仏教の教えのような荒唐無稽も認めない立場の霊のありようを述べている。そこでは概念の中に霊魂を押しこめるような霊魂を認めない。ただ霊のありようは、清きところにつくという古代の考えでもって考えている。しかしながら皇国の伝えに随ってのみ理論を立てようとするのであるが、やはり新たな概念を設定しなければならない矛盾に陥っている。また蘭学の伝来などによって新しい理論にも対応しようとしているなど、時代性も感じられる。
先日受験生が靖国問題の本を持っていて、気休めに読んでいるとかいっていた。たしか靖国と宗教とか言う題だったかもしれない。そのとき靖国の霊魂観が宗教とよべるかどうか疑問であるといっておいた。ただ僕が靖国の戦犯に当たる人の合祀を認めているとかどうかとか言う問題ではないので誤解のように御願いします。



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