犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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北嶺大先達大興坊性典阿闍梨の葛川明王院の参籠札
20060725151155
参籠の御札。

仏道の修業
宗教にはたゆまない精進と修業が必要である。日本の仏道修行の先達に相応和尚がいる。この人は平安時代の人だが比叡山延暦寺の歴史の中でも第一の修行者である。彼は貞観元年(859)、比良山中に入る。そこで草庵を結び、滝に打たれて生身の不動明王を得たいと祈念した。修業に励んでいると目の前に不動明王があらわれ、縋りつこうとして抱き付くと大きな木であった。また修業を続けるとまたも不動明王があらわれ、また縋りつくと木であった。三度目も木であったので、これこそが不動明王であるとはたと気がついて、三体の不動明王を刻んだのである。
その木は桂で、三体の不動尊を刻み、一体は比叡山無動寺に、一体は明王院に、さらに一体は湖東の伊崎寺(近江八幡市)に祀ったのである。
その後、比叡山の修験者は千日回峰をして相応和尚を偲び、夏にはこの葛川明王院で修業をするのである。その時のには必ず参籠札を堂に掲げている。その古いものは鎌倉時代におよぶと言うことであるから、千年以上もつづく修業である。北嶺大先達大興坊性典阿闍梨も今年も行に入られ、この御札をいただいた。






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