犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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生命の海 空海

ようやく9冊めです。空海の思想は極まりがないほど広く深いのです。スーパーマンなのです。先に『密教経典』の譯注を読み始めたのだが、これがまた難しい。『大日経』と『理趣経』なのである。その解釈も翻訳されているのだがこれまた難しい。『理趣経』を少しでも分かりたいと思っているのだが、これも『理趣釈』を読んでもわからない。
空海の真言学は、多方面なのでどれから行ってもいいのだが、これが難しいのです。僕達には四国88カ所の巡礼や高野詣りぐらいでいいのかも知れません。仏教が死の思想から生の思想にもう一度取り戻せるのは、空海の密教であると思います。そこには現実を見つめる目と多様性に対応できる思想があるのです。まさしく曼荼羅の世界なのです。仏教は葬式だけのものではないのです。今を生きる宗教でなければならないのです。

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新しい版画です。




阿弥陀仏二作です。印仏はできました。版画は印刷は後です。


新しいポップボード

おひな様ポップボードです。素敵です。

薬師如来

前に作った薬師如来を飾った。
愚にもつかぬ駄作です。


柳宗悦

柳宗悦の『茶と美』を読む。「喜左衛門井戸」の茶碗を見て、後の茶の美に対する堕落を指摘しています。茶のための仰々しい茶碗はうんざりです。いまなら佐川美術館の楽茶碗です。愚にもつかないものに、建物まで作って飾るのは全く見る目がないのです。この本を読ませたいものです。
この間も述べましたが、柳宗悦は早くも戦前に備前焼を評して、「有名な伊部焼のごときはすでに不治の病いに入って今はほとんど見るべき品がない」と言っています。陶芸家と言うものが、芸術家となってはいけないのです。工芸家なのですから。
ただ民芸運動の中で柳宗悦は浜田庄司や河井寛次郎、富本憲吉を評価すべきではなかったと思います。彼らも芸術家になってしまいましたし、彼らのまがいものが今日の民芸作家になって芸術家気取りの原因なのですから。棟方志功や芹沢圭介は好きなのですが、富本や浜田はあまり好きではありません。



雪です


今年はじめて雪かきをしました。

バレンタインデー4






ありがとうございます。

バレンタイン3



手作りもいただいたのです。

バレンタイン2




いただいたのです。

備前焼吉備津神社吉備津彦神社





伊部の備前焼を見に行きました。高いです。庶民の民芸品が芸術になっています。民芸の作家と言うものは有り得ないのです。
吉備津神社と吉備津彦神社にお詣りしました。吉備津神社の社殿は素晴らしいのです。


誕生寺



法然上人の誕生寺にお詣りしました。

バレンタイン


早速いただいたのです。

サバ缶カレー>まかない

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オールウェイズの時代のカレーです。昭和30年代では田舎では肉が手に入らなかったので、サバ缶や鮭缶でカレーを作っていました。30年代の雰囲気満点です。昔の人はなんでも一工夫していたのですね。お揚げでもカレーを作っていましたよ。これもおつなものです。


Cpicon サバ缶カレー by yuuyuupapa

錫杖


錫杖を作った。四国巡礼では錫杖の頭は覆うらしいのですが、錫杖は獣をよけるためのものですから、出して歩くべきに思います。しかし持ち運びには安全のために袋を作ってもらった。この錫杖の頭は鈴がついてたのだが、昨年の大峯修行で鈴を落としてしまったので、杖の形にしたのです。



中国近代絵画と日本

呉昌碩、斉白石は余り好きでないです。近代の中国に及ぼした日本の影響を客観的に評価すべき時期に来ています。特に中国の内部からの再評価が必要です。中国は近代日本の影響を隠すようにしています。長尾雨山の功績をもっとこの展覧会では評価すべきだったと思います。
中国の画家は二つの歴史背景を持っています。北画と南画です。北画は宮廷画家であり生活が保証された画家でした。最高のものを作るという目的だけが芸術でした。南画は文人画です。文人とは、官僚を背景として成り立つ文化人のことで、生活のために絵を描く必要はなかった人たちの絵です。実際は生活のために絵を描いていた人も居たのですが、基本的には文人としての教養の一つであったのです。趣味の絵というのが一番当たっていると思います。しかし、呉昌碩、斉白石はただの画家だったのです。絵が売れれば嬉しい作家にすぎなかったのです。これを精神性の高い芸術として見ることはできないのです。日本の渡辺崋山こそその精神性と芸術性において最高の文人画家だったと思います。絵は池大雅ですが、与謝野蕪村のほうがまだいいと思います。蕪村は絵においては池大雅に及ばず、俳句は芭蕉よりおとりましたが、芸術としては文人の精神を持っていたと思います。



『不安と欣求「中国浄土」』

やっと読み終わった。法然親鸞の思想の原点が雲鸞、道しゃく、善導にあることをわかりやすく書かれています。ここでも羅什の仏典翻訳が重要な意味を持つことが指摘されています。法然親鸞のなかには善導の『観経疏』が大きく影響を及ぼしているのです。法然はこの書を読んで、立ちどころに余行を捨てて念仏に帰すと述べています。この本を読んで現代の浄土門の諸宗はどこか間違っている気がする。


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