犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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身延山久遠寺



七面山から降りて、身延山久遠寺にお詣りした。

身延山・七面山にお参りして
                        
一昨年からTさんに「身延に行くならぜひ連れて行ってや」とお願いしていて、やっと念願が叶いました。ありがたいことです。お山参拝の計画をお知らせいただいて嬉しくなりました。早速足を鍛えなくちゃいけないと家から駅まで歩き始めたのですが、しかし七面山に取りかかるともうばてばてでした。
敬慎院まで五十町ということで、あと何町とばかり数えながら登りました。山門の和光門が見えた時には正直ほっとしました。展望が開けると夕方の富士山がすっきりと見えて、あまりの神々しさに今までのつらさが吹っ飛んでいました。
敬慎院では、厳かなお勤めと祈願をしていただき、参拝者全員感動の中で過ごせました。食事をいただき、長いお布団でみんなが寝るのも楽しかったです。朝4時に起きてご来光を拝することができました。こんなことはなかなか巡り会えないことで、「初めて来てご来光を拝めるのは本当に幸運なことですよ」と、いわれました。七面山から裏参道を降りてきました。僕は下り案外調子が良かったです。
身延山久遠寺は日蓮聖人の聖地だけあって、参拝者も多く、信仰の力を感じることができました。本堂も棲神閣も荘厳でした。皆さんとお題目を唱えて参拝できました。「南無妙法蓮華経」と唱えることは、浄土門にいる私には理解ができにくい言葉でした。長い間仏教の歴史を勉強してきましたが、日蓮聖人だけは避けていました。この「南無妙法蓮華経」が理解できなかったからなのです。でも今回の参拝で気づいたことがあります。妙法蓮華経は釈尊から始まる多くの祖師の信仰と英知の経典なのです。そのデータベースにアクセスする方法を「南無妙法蓮華経」と教えているのだと思います。パソコンを開けないとインターネットやデータベースにアクセス出来ないのと同じように、法華経を開かないことにはこの信仰と英知のデータベースを知ることが出来ないのです。そのことを日蓮聖人は教えてくださっているのだと思いました。序品、方便品に寿量品、観音様の普門品、提婆達多品など内容は豊富です。仏教の最高の教えのすべてが揃っているのだという聖人の指摘は正しかったのです。
このような期会を与えてくださったA先生や奥様、青年部のNさん、ご一緒に参拝した皆様の配慮に深く感謝しています。またチャンスを頂けるならもう一度七面山や身延山久遠寺にお参りしたいと願っています。

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