犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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宝ヶ池じゅんさい

晩飯です。このみせ古典的な洋食屋です。美味しかったです。<クッテゴラン・ランキング>☆
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王将


晩飯です。山科の王将です。腹ふくれた。最近王将に行くことが多い。なんといっても早い。安い。


結婚式


昨日は友人の結婚式にいきました。若い二人なので会場の雰囲気も華やかなものでした。二人を結びつけるきっかけを作ったのは僕です。僕のいつものいたずら心から、こんな結果になるとは思いもしませんでした。縁は不思議なものです。でも良かったです。


手が痛いです


版画三昧でした。今日はここまでです。手は痛いです。腫れています。
ああしまった。昼ご飯食べるのを忘れていました。もう夜です。


版画三昧



昨夜は家から一歩も出ずで版画三昧でした。10時間以上かかっても半分しかできませんでした。目はしょぼしょぼして右手の親指は腫れています。手がだるいのです。仕事につかえますよね!
あかん!!


インフルエンザワクチン


朝からインフルエンザワクチンの注射に行った。もうすでに流行ってきました。今年は大流行しそうです。
その後、京都国立博物館にいきました。この展覧会はそれなりにという雰囲気でした。今秋はやはり大津国宝の旅です。


昨日のまかない

久しぶりのラーメンです。麺は八木製麺です。あっさり味です。


昼ご飯まかない

寒くなると粕汁です。

紅葉バージョン


紅葉狩りなんて夢みたいな話です。紅葉を見て、龍田の錦なりけりとでもいうような優雅さはどこに行ったのでしょう。青竹踏みは田舎のおじさんの手作りです。


「大津国宝の旅」と白州正子「神と仏、自然への祈り」





二つの展覧会にいきました。大津国宝の旅は田舎の博物館ながら見応えのある展覧会でした。奈良正倉院展覧会よりも良かったのです。特に来迎寺の六道絵は以前から見たかったものでしたが今回ほとんど全部出ていました。東京なら近づけないようになると思います。ゆっくり楽しみました。<ミッテゴラン・ランキング>☆☆☆
白州正子「神と仏、自然への祈り」も良かったです。来年東京で開かれるようです。すごい人出になるでしょう。人出は多かったですがゆっくり見ることができました。素晴らしい展覧会を二つも楽しめました。<ミッテゴラン・ランキング>☆☆☆
二つの展覧会を比べることができないのだが、大津国宝の旅のほうがやや見ごたえがあった。白洲正子はあまりにも有名だからということかな。でもこのような展覧会を二つも同時にできる大津市はすごいところだと思う。あと10日ばかりだからぜひ観に行って欲しいと老婆心ながらお知らせしておこう。
紅葉の庭は滋賀県立近代美術館。



秋バージョンは終わり

新しいバージョンがアップされます。


ヨーガの成立に導引は関係があるか(初探)抄録
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ヨーガの成立に導引は関係があるか(初探)抄録         
                  医史学会関西秋季大会 2010・11・7
                              猪飼祥夫

導引は中国の伝統的な身体技法の一つである。導引の成立は非常に早い。確かな年代は『荘子』の「刻意」第十五にある導引の技法である。「吹呴呼吸、吐故納新、熊經鳥申為夀而已矣。此道引之士、養形之人、彭祖夀考者之所好也。」とある。荘子の年代は紀元前369年から紀元前286年ごろと推測されている。これより早くB.C.470前後の戦国初期の『行気玉佩銘』がある。この玉には呼吸法が述べられているが、年代を確実にすべき傍証がない。研究者によって与えられた年代である。
これまで研究した張家山の『引書』には、多くの導引技法が述べられている。その内容は多岐にわたり、呼吸法と身体技法が合体している。この張家山のM247漢墓は、墓主は惠帝の元年(BC194)に病気のために免官している。また書写年代は埋葬年代から前漢の呂后の二年(BC186)年を下らないものと言われている。
同時代の文献に馬王堆の『導引図』がある。この墓の埋葬年代は紀元前168年である。この図は導引の図だけで技法は推測するしか無い。前漢の武帝の頃、淮南王劉安(紀元前179ー122)も荘子の熊經鳥伸について述べている。
後漢から三国の魏の時代に生きた華佗(109?—207?)は「吾有一術、名五禽之戲、一曰虎二曰鹿三曰熊四曰猨五曰鳥。」といい、荘子の導引のほかに五禽戯という技法を述べている。
インドでのヨーガの成立についての年代は多くの場合、文献学や考古学の推定に過ぎない。インダス文明発祥期のハラッパーとモヘンジョ・ダーロで出土した印章や押印に、ヨーガの体位をとった人物が描かれていることから、すでにこの時代紀元前2300-1700にヨーガあったという説もあるが、信頼できるものでない。
もともとは馬に馬具をつけることを意味したヨーガ(繋駕)という語が、特定の身体技法をあらわすようになるのは、紀元前三―四世紀ごろに成立したウパニシャッドからであるといわれている。『カタ・ウパニシャッド』(katha Upanisad)には、「五感の知覚も思考力も静止し、理性も活動しないとき、・・・その確固たる感官の保持を、人々はヨーガとみなす」(第六章10―11)という定義がみられるという。それ以前の成立とされている『ターイッティリーヤ・ウパニシャッド』にもその例が認められると言うが、確実ではない。この文献は紀元前六世紀というからブッダ以前となるが、不確実である。
『カタ・ウパニシャッド』よりもやや成立のおそい『シュヴェーターシヴァタラ・ウパニシャッド』(Svetasvatara Upanisad)になると、胸。頚・頭をまっすぐにする坐法や、感官の制御、呼吸の調節などが説かれ、ヨーガを実修するに適した場所、ヨーガ行者の見る幻覚が述べられ、無病・無欲で軽快になり、不老・不死になるなどというヨーガの効果があげられているといわれる。
インドの大叙事詩『マハーバーラタ』は、『ラーマーヤナ』と並ぶインド二大叙事詩の一つでもあるが、その第六巻は『バガヴァッド・ギーター』である。この書物は『マハーバーラタ』の一巻でありながら、内容はヨーガとサーンキヤを述べている。『バガヴァッド・ギーター』は「神の歌」の意味であるが、社会に居て現世の義務を果たしつつ、究極の境地に達することが可能であると教えている。そこではヨーガは平等の境地である。(2-48)二種類の立場について「知識のヨーガによるサーンキヤ(理論家)の立場と、行為のヨーガによるヨーギン(実践者)の立場」(3-3)があるという。「他の人々は、プラーナ気とアパーナ気の道を抑制し、調息法に専念して、プラーナ(出息)をアパーナ(入息)の中に焼べ、アパーナをプラーナの中に焼べる」と呼吸法についての技法がある。『バガヴァッド・ギーター』の成立は西暦一世紀ごろといわれている。そのころにサーンキヤ・ヨーガ派が成立した。
五世紀ごろには古典ヨーガがまとめられ『ヨーガ・スートラ』が編纂された。ヨーガとは心のはたらきを滅することで、八種の実修法がある。
「(1) 制戒(ヤマ)―生物を殺害しないこと、真実を語ること、他人の財貨を盗まないこと、禁欲生活をすること、ものを専有しないこと。
(2) 内制(ニヤマ)―身心を清らかに保つこと、生命を維持するに足るだけのもので満足すること、寒熱・飢餓に耐え、断食などの苦行をすること、聖典を学習すること、最高神に専念すること。
(3) 坐法(アーサナ)―不動で安楽な坐法を修得すること。
(4) 調息(プラーナヤーマ)―呼気・吸気を調整すること。
(5) 制感(プラテイヤーハーラ)―感官を制御して外界の対象に結びつかないようにすること。
(6) 凝念(ダーラナ)―臍トカ鼻端とか、一定のところに心を集中すること。
(7) 禅定(デイヤーナ)―意識作用が持続的に一つの対象に集中して、他の意識作用に妨げられない状態。
(8) 三昧(サマーデイ)―禅定の深まりによって、意識作用は空になり、対象のみが心のなかに輝く状態。」
この分類は、古典ヨーガの完成形を表している。これらは「(1)(2)は実修の準備段階、(3)~(5)は外的な実修法、(6)~(8)は内的な実修法である。そして(6)~(8)を総合的に実習することを総合制御(サンヤマ)といい、それによって絶対知が得られるのである。」といわれている。ヨーガの技法は感覚の制御を意識によって行うことが大切にされている。その究極の目的が解脱にある。
五世紀のアサンガ(無著)ヴァスバンドゥ(世親)によって完成された仏教の唯識派は、別名瑜伽唯識派と呼ばれる如くまたヨーガ(止観)を根本に置いていた。
完成された『ヨーガ・スートラ』の制戒(ヤマ)内制(ニヤマ)坐法(アーサナ)調息(プラーナヤーマ)制感(プラテイヤーハーラ)凝念(ダーラナ)禅定(デイヤーナ)三昧(サマーデイ)の八種の実修法は、中国古代の導引と余りにもかけ離れている。張家山の『引書』にも呼吸法は呼気を三種、吸気を一種述べているが、そこには意識の制御や感覚の制御はのべられてはいない。意識を集中することは述べられているが、ヨーガのようにその目的が解脱にあるのではない。坐法によってヨーガが行われている。後世のハタ・ヨーガのような肉体を屈曲や伸展をさせて行う技法は、この当時あまり重視されていなっかたのであろう。『引書』では体の運動を重視する技法が多い。またそれらの技法は四季の変化に応じて、技法の回数を変化させたりしている。また『引書』では疾病治療のための技法が多く述べられている。ヨーガにはこのような技法は記載されていない。『引書』では導引の技法に呪文に当たる呪語がない。心のはたらきにまで述べていない。
これらの比較からヨーガと導引に関係性を見つけ出すことは難しい。確実な年代からいえばヨーガより導引の方がやや成立が早いと思われる。しかしながら仏教伝来以後は婆羅門按摩法としてヨーガの技法が伝来するとともに、唯識思想の伝来や止観の実践によって、ヨーガが瑜伽として中国に定着した。華佗はインド人とも言われるのでその時代に導引とヨーガの関係ができたと思われる。










医史学会関西大会


いつもの医史学会関西支部の大会があった。例年は京大会館だったのだが、今年から使えなくなって国際交流会館になった。この会館は初めてだったので大変だった。お役所仕事の会館か、会館が開くのは9時0分から机も椅子も自分たちでセッティングしなければならないのです。もう開会まで大騒ぎでした。片付けも大変だったのです。こんな会館で国際交流ができるのかなと思ってしまいました。
二階で懇親会が開かれました。食事はコジャレたものでしたが腹がふくれませんでした。下品な庶民の私には相容れないものでした。
毎年朝までかかって原稿を作って、ドタバタ発表でした。眠くて発表を聞きながら船を漕いでいました。もう限界かな!


昼ご飯までインド

カレーです。


インド医学

インド医学を知るためには当然読むべき本二冊。

リグ・ヴェーダ賛歌

リグ・ヴェーダ賛歌を読む。

バガヴァッド・ギーター

ヨーガとサーンキヤを知るために読んだ。マハーバーラタの一節である。案外わかりやすかった。



気持ち良く晴れ渡った朝の琵琶湖です。

秋空に微かにわたる鳥の声
秋空に背中が丸き歩く君
秋空に熊が出たぞとおどかされ
秋空に文化芸術と疲れ気味


クリスマスツリー

11月ですね!早くもクリスマスツリーです。

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