犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レバニラ炒め
20060119130006

近所の中華やさん全家福。上海料理の店。味は確かです。

戌歳飾り
20060119083307
うちの玄関の戌歳飾り。家内のデザインです。助手のM女史からいただいた民芸を中心に飾っています。小正月を過ぎたので片づけへんといけないのです!

游游の餌
20060119083006
游游は餌をオーダーしている。左がオーダーした餌、右が動物病院で買った餌、二種類を混ぜ合わせて食べている。犬の餌を犬に合わせてオーダーするなんて信じられない。これもインターネット時代のおかげだ。犬の餌だけで、世界中でどれだけの食料が使われているかという懸念も一方である。

中国人は烏龍茶を飲まない話
20060118183904

古い友人のNさんの話。Nさん最近旦那の研究のためにアメリカに付いて出かけられた。旦那のボスは中国人で、彼等にパーティーでお抹茶を振る舞ったらしい。しかしかれらはどうも好かなかったようだと言っていた。そのとき中国人のボスに烏龍茶は中国人は飲まないといわれて不思議だったと言う。そのことを尋ねられた。そうなんです一般の中国人は烏龍茶を飲まないのですと説明した。烏龍茶は特殊な茶で中国のある地方でしか飲まれなかったのです。福建省と台湾、それに広東省の東の方の潮州地方しか飲まないお茶だったのです。一般中国人の7割は、緑茶を飲むのです。この緑茶の代表が龍井茶です。緑茶は日本の緑茶とは作り方が違う。最近は日本の影響で烏龍茶のペットボトルが出て、みんなが烏龍茶を飲む傾向が出てきたのです。詳しくは中国の民俗の茶のページへ。



たぬき
20060118124807
<たぬきうどん考>
大阪と京都は文化がちがう。東京の人には関西というひとまとめであるが、この違いは東京と京都以上に大きい。このことを理解しない人が多くて、あきれる発言が連続することが多い。
たぬきうどんは、地方によって化けるうどんである。京都と大阪の一番の違いはたぬきうどんと女性の陰部の呼称である。東京のたぬきうどんは天かすがのっている。当然たぬきそばもある。天かすがのっているうどんは大阪ではハイカラうどんと呼ぶ。しかし大阪では、たぬきうどんは存在しない。大阪のたぬきは、きつねそばである。そのためにきつねそばがない。京都ではきつねうどんもたぬきうどんもたぬきそばもきつねそばもある。京都できつねを頼むとそばもうどんも、お揚げがのってくる。たぬきは、お揚げがのって九条葱がはいったあんかけである。その上にはおろし生姜がのってくる。(写真参照)このたぬきは、そばでもうどんでもできる。東京で京風うどんととかあって、たぬきのうどんがお揚げ入りのあんかけで出てこないところは偽物である。付け足すなら京都のうどんは、九条葱の斜め切りで、刻み葱では正しくない。


難経を読む
20060118093304
昨夜は伝統医学思舍の勉強会でした。この勉強会は20年以上続いているのですが、まったく厳格でなくて、二回に一回は酒を飲んで宴会になるという気楽な勉強会です。でも昨夜は『難経』の三難読みました。
◆三難曰.
脉有太過.有不及.有陰陽相乘.有覆.有溢.有關.有格.何謂也.
然.關之前者.陽之動.脉當見九分而浮.
過者.法曰太過.
減者.法曰不及.
遂上魚爲溢.爲外關内格.此陰乘之脉也.
關以後者.陰之動也.脉當見一寸而沈.
過者.法曰太過.
減者.法曰不及.
遂入尺爲覆.爲内關外格.此陽乘之脉也.
故曰覆溢.是其眞藏之脉.人不病而死也.

◆三難に曰く.
脉に太過あり.不及あり.陰陽の相乘あり.覆あり.溢あり.關あり.格あり.何の謂ぞや.
然り.關の前なるものは.陽之動なり.脉は當に九分に見(あら)われ浮なるべし.
過ぐるものは.法に太過という.
減ずるものは.法に不及という.
遂げて魚にあがるを溢となし.外關内格となし.此れ陰乘之脉なり.
關の後なるものは.陰之動なり.脉は當に一寸に見われ沈なるべし.
過ぐるものは.法に太過という.
減ずるものは.法に不及という.
遂げて尺にいるを覆となし.内關外格となし.此れ陽乘之脉なり.
故に曰く、覆溢.是れ其れ眞藏之脉なり.人病ずして死なり.

「按」これの文章はむつかしい。古来定説が無くて、議論百出である。『難経集注』には呂、丁、虞それぞれ意見が意見が異なる。『難経経釋補正』に、これらの異論が詳しく論じられている。太過不及の概念が、脈の関上部から寸口部と尺中部に現れる脈の長さの問題なのかどうかはハッキリしない。それとも気の過不足によるものだとする虞の意見も捨てがたい。また呂の溢.外關、内格、陰乘之脉を同じ概念とする解釈は明らかにまちがいであろう。
覆溢があらわれれば、これが眞藏之脉であるという。人が病気にならないで死ぬという状況が来るというのである。たぶん今日の概念で言えば突然死の状況であろうが、そのときこのような脈状が診断できるのかは不明である。死の前兆を脈で診断するというのは相当難しい。
病気は治るが、寿命はわからないと言うのが本音である。

イタリアのウエハース
20060117171209


マロングラッセ
20060116094204
パリから治療に帰られた患者からもらった本物のマロングラッセ、美味しい。

田舎の伝統行事
20060115214514
田舎で町内会の初集会があった。床の間に天照大神の掛け軸を掛けて、拝礼をしてさかずきをする。これは伝統行事である。

灰小屋
20060115214513

田舎に行き久しぶり村の中を歩く。そこで昔ながらの灰小屋を見つけた。これは珍しい。もうすでに使われなくなって20年以上過ぎているのだろう。たぶんいろりが使われていなくなって久しいからこのように存在するだけでも貴重なものである。

灰小屋

上のgoogleで調べると肥料と灰を一緒に保存するスタイルが普通らしいが、滋賀県の滋賀郡志賀町木戸では灰は灰だけの保存だった。
そう田舎の滋賀郡という住所表記が今年の3月になくなる。大津市に合併するのである。滋賀郡は江戸時代から呼ばれたこの地方の呼称だったのだが、最後の志賀町が無くなることによって幻の地名となる。

ラーメン藤
20060115214510

和迩のラーメン藤で昼にラーメンを食べる。味はまあまあだが、すこし塩辛い。脂が多いのでたぶんすごい量の塩分だと思う。またチャーシュが塩辛いので、たぶん醤油たれを豚コロで取っているためだと思う。

蕪寿司
20060115113610
金沢のぶりの蕪寿司。頂きものですが美味しいかった。富山のものと比べると少しあっさりでした。

読書
20060115102705
この本は一年ほど前にA女史から読めと言われてほっておいたものである。朝、寝床で読み終えた。内容は中年男の戯れ言で面白くなかった。女にもてるもてないをセックスではかる考え方自体が昔の時代の発想である。最近オヤジ発想の現実主義を、E女史に徹底して否定された游游おじさんはこの落差を再認識している。
この本に鉄道マニアは男しかいないという話は面白しろく思った。鉄道マニアは男の最後の趣味らしい。鉄道マニアの友人I君のことを思わず思い出した。


散歩
20060115100308
散歩中の游游

京都市立美術館
20060114230922
午後に「修羅と菩薩のあいだで」という展覧会に行きました。内容中途半端で企画がダメでした。修羅と菩薩の間とは人間と言うことらしい。

游游おじさん

寿老人
20060114224208
★Oさん宅で★
先代の清水六兵衛の寿老人らしい。

「寿ありて、生きるあてなし、我が身かな。」
游游おじさんの駄句

一休禅師の「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」をふまえて、目出度いものと目出度くないものが現実には同居しているのではないかと思うのです。人生の半分は目出度くて、人生の後半分は目出度く無いというようなことが起こりえると考えています。

犬の置物
20060114222112
<往診先のOさん宅で>これ龍村織物の犬年の置物。あまりにも俗物。見るからに失笑ものです!
游游おじさん

游游
20060114220919
今日の游游。雨の中散歩。ずぶぬれです。


游游の最新ポーズ
游游

游游です。かわいいでしょう。

游游ねいさんのページ
游游ねーさんのページ
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark/2545/index.html

初めてのブログ
今日初めてのブログを作った。愛犬の游游の名前で登録する。この犬昨日診察を受けたら白内障になっているらしい。まだ7歳というのにもう老人である。目薬は嫌いらしく、目薬という逃げていく。恐がりの犬である。
Copyright © 游游おじさん. all rights reserved.