犬を眺めて人生を考えるおじさんブログ

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インドへの道

厳島神社


インドへの道
広島駅から宮島まで 20130927

20130926
往診の後、車を診療所において夕方から新幹線で広島に出かける。広島に着いて7時過ぎだった。ホテルに荷物をおいて、食事に出かけた。三代目網元 魚鮮水産 広島胡町店という、詐欺みたいな海鮮料理を出すところで食事した。近所の草津漁港で新鮮とれたての海鮮物を提供するという触れ込みだったが古魚ばかりで、こんなもので騙される客がいるということが不思議である。こんな料理を出して恥ずかしくないという店も店である。ホテルに帰って明日に備える。

20130927
朝早く起きるつもりだったのに寝過ごした。7時半頃になって起きた。すぐに支度を始める。八時過ぎに歩き始める。8時13分出発
8時27分エスプレッソというコーヒーショップでホットドックを食べる。
9時27分 原爆ドーム前
10時5分 西広島駅前
11時31分 小己斐明神前
この島は面白い。昔の清盛が厳島神社を立てるときに木を運びだした港だという。
13時7分 二日市駅前 クレージーというお好み焼き屋で広島焼きを食べる
14時4分 地御前神社 この神社はたいそう立派である。昔は厳島神社の外宮に当たるという信仰があったらしい。祭神は同じ宗像三姉妹である。
14時55分 宮島口の切符売り場
24キロ歩いた。
宮島へ渡る
15時30分さきに弥山のロープウェーにのって山に上る
15時52分 山頂駅
弥山のお堂にお参りする。本堂と消えずの火を礼拝する。
16時28分 山頂に到着
帰り足がつり、バテバテになる。本堂前で針をする
17時 ロープウェーに乗る
17時30分 厳島神社につくも拝観時間がおわり参拝ができない。
17時55分 に連絡船に乗る。18時1分ののぞみに乗る予定であったが乗れないので大阪までさくらで帰ってくる。


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インドへの道

広島焼き

インドへの道

西広島駅

インドへの道

原爆ドーム

インドへの道

広島稲荷橋

錫杖


錫杖を作った。四国巡礼では錫杖の頭は覆うらしいのですが、錫杖は獣をよけるためのものですから、出して歩くべきに思います。しかし持ち運びには安全のために袋を作ってもらった。この錫杖の頭は鈴がついてたのだが、昨年の大峯修行で鈴を落としてしまったので、杖の形にしたのです。



インドへの道>八本松から広島へ
20090906152738
広島駅につきました。3万5千歩32キロ走破です。完全にばててます。珈琲を飲んで豆だらけになった足を休ませていました。今回は二日で70キロ以上歩きました。

インドへの道>本郷から西条へ
前日(9月4日)に三原まで新幹線で来る。ステーションホテルに泊まる。
6:25三原駅からスタートします
6:47本郷駅、去年来た時と変わって駅舎が新しくなっていた。面白くない。
7:05菅公手堀井戸
7:45南方村役場之跡
8:33日名内。広島空港への入口
9:29新庄
10:28茗荷の清水
11:05石立神社。18.3キロ走破
汗が止まりません。
11:27茗荷の清水が2つある?
14:18暑いです。西条につきました。29キロ走破しました。歩数は3万4千です。東横イン泊まります。予約をしました。
ホテルに荷物を預けて、八本松まで目指します。もう少し行きます。頑張ります。
16:06八本松駅着、電車で西条までもどる。東横インにチェックインをして食事に出る。その間にホテルで洗濯をする。汗で着ているものすべてがべとべとに濡れている。
18:18賀茂鶴のレストラン

インドへの道>八本松から広島へ
朝ホテルで食事して、電車で八本松へ。
7:25八本松駅スタート
8:55三本松
9:33上瀬野。森永乳業ヒ素ミルク事件の被害者碑。忘れ去られた事件であるが、最近の中国の粉ミルク事件を思い出す。
9:37ヒ素ミルク事件碑の隣にあった山頭火の碑。彼を高く評価する人がいるが僕は馴染めない。漂泊の詩人と言うことになるのだろうが、根性がない気がする。彼は炭坑夫の息子に無心をして旅を続けていた。
11:05中野東駅。この辺は何もないところである。お地蔵さまもない。
11:41上の一里塚跡。この棒だけが残っている。
12:01中野砂走の出迎え松
12:47海田市熊野神社
13:11街角のお好み焼きや。海田市駅うら。
店にいたおばあちゃんからお布施をいただいた。ビックリした。
四国に行くと御接待と言うことが普通に行われていると言うことである。今回の順礼で初めて御接待になる布施を頂いた。たまたま入ったお好み焼き屋でお婆さんが御接待と思って布施を頂いたのであった。感謝して巡礼札をお渡しした。
この辺の工場では、外国人の工員が多いのか自転車でたくさん走っていた。彼らに会うと僕の扮装をみて不思議に思うわけでなく、ある種の尊敬に似た目で挨拶してくれる。それが偶々の人でなく出会ったすべての人がそうだった。彼らはイスラムなり仏教なりの信仰を持っている人が多いので、宗教に対してふかい尊敬の意味があるのかも知れないと思った。広島の街角の人々の珍奇な人物をみる目と対称的だった。

14:32府中大橋
15:19広島駅につきました。3万5千歩32キロ走破です。昨日は4万9千歩41キロ走破です。完全にばててます。珈琲を飲んで豆だらけになった足を休ませていました。今回は二日で70キロ以上歩きました。
16:01のぞみで京都へ。

今回の巡礼では、不思議なことに街角のお地蔵さんがないことに気づきました。国道には交通事故の慰霊の地藏がありましたが、京都などにあるような地藏やお堂がまったくありませんでした。この辺は安芸門徒と言われる真宗教団の土地ですからこのような形の信仰が存在しないのかも知れないのです。
お寺も真宗ばかりで、それも大きなお寺が多くて、なにか信仰の形が違う気がしました。巡礼ですのでなるべく多くのお寺や神社にお参し、小さな祠にもおまいりするのですが、本当にこのような小祠が少ないのです。
多様な現代に浄土信仰は人々の要求にかなっているのだろうか。蓮如の文集を読んだばかりなので、彼が現代に生きていたら、時代の変化が必要と言っていたに違いない。真宗教団が一つの曲がり角に来ているので、このような旧来の布教だけで信心が保たれるか心配である。安穩としておれないのが、事実ではないだろうか。

インドへの道>八本松から広島へ
20090906143704
府中大橋

インドへの道>八本松から広島へ
20090906132458
20090906132457
街角のお好み焼きや。海田市駅うら。
店にいたおばあちゃんからお布施をいただいた。ビックリした。
四国に行くと御接待と言うことが普通に行われていると言うことである。今回の順礼で初めて御接待になる布施を頂いた。たまたま入ったお好み焼き屋でお婆さんが御接待と思って布施を頂いたのであった。感謝して巡礼札をお渡しした。
この辺の工場では、外国人の工員が多いのか自転車でたくさん走っていた。彼らに会うと僕の扮装をみて不思議に思うわけでなく、ある種の尊敬に似た目で挨拶してくれる。それが偶々の人でなく出会ったすべての人がそうだった。彼らはイスラムなり仏教なりの信仰を持っている人が多いので、宗教に対してふかい尊敬の意味があるのかも知れないと思った。広島の街角の人々の珍奇な人物をみる目と対称的だった。

インドへの道>八本松から広島へ
20090906125529
海田市熊野神社

インドへの道>八本松から広島へ
20090906120835
中野砂走の出迎え松

インドへの道>八本松から広島へ
20090906114555
上の一里塚跡。この棒だけが残っている。

インドへの道>八本松から広島へ
20090906110927
中野東駅。この辺は何もないところである。お地蔵さまもない。

インドへの道>八本松から広島へ
20090906094142
山頭火の碑。彼を高く評価する人がいるが僕は馴染めない。漂泊の詩人と言うことになるのだろうが、根性がない気がする。

インドへの道>八本松から広島へ
20090906093831
森永乳業ヒ素ミルク事件の被害者碑。忘れ去られた事件であるが、最近の中国の粉ミルク事件を思い出す。
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