

33年ぶりに木更津に行った。街はすっかり変わっていた。亡くなった友人のお仏壇におまいりできて妹さんと思い出話に思わず涙した。
鍼の友人の尽力でやっと願いが叶った。
もう一人の友人宅は40年前のままに佇んでいた。同じ部屋でまた昔話に明け暮れた。人生てこんなに早く過ぎてしまうのです。
鍼灸の友人に鍼までしてもらった。アシスタントさんにも灸をしてもらった。奥さんにも世話になった。感動の一日でした。
駅前とアクアライン。


山椒の実をいただいたので豚山椒炒めを作りました。


いただいたスナック豌豆です。

静むらさきという野菜です。これも珍しいものです。錦市場の八百屋さんからいただきました。
手作りの野菜をいただいたり、幻の伝統野菜をいただきました。珍しいもので昼ご飯まかないです。


さや大根は珍品中の珍品。古い京野菜でありながらもう京都にはない。



白玉茸はあたらしい茸。スープといためものにした。いただきものでまかない。

四川大地震の被災地である北川県では五階建ての中学校校舎が倒壊し、廃墟と化した。14日、瓦礫の山と化した校舎の上で、亡くなった学生の保護者と見られる女性が泣いていた。(中国情報ニュースから引用)
悲しみの四川地震
画面から今か今かと呼ぶ響き
画面から飛び出す声に我忘れ、おぞける体四川の嘆き
画面から冷たく話す人の声、むくろの数に頷きて、親無き人も子無き人をも
画面から流れる悲嘆、我も見た、声からしつつ子供呼ぶ母
画面からそれぞれ深し疲れ顔
平成20年5月26日 地震から2週すぎて 祥佛居士
テレビの持つ力をまざまざと見せつけられます。テレビが真実かというとそうではないのです。テレビに映らないところで死傷者の数だけ悲劇があるのです。報道は地震のすべてを告げることはできないのです。九死に一生を得た人もあったでしょう。そんな安堵よりも、悲劇の数の方が多かったのです。
五七五(俳句風)、五七五七七(短歌風)、五七五七五七七(長歌風)、五七五七七(短歌風)、五七五(俳句風)の形式です。日本には長編の形式詩がないので、昔このようなものを作ったのです。この形式を自分勝手に雅歌と名付けています。




一人の午後をミホ美術館で過ごす。庭石が雨に映えていい。蕪村の南画は文と画が合って成り立っていました。今の南画が画だけであるのはこの芸術を理解できない証しです。
そこで一句
雨あがり、苔に寄り添う薄皐
でも写真をよく見ると庭園の石には皐はなかった。恥ずかしい。
<ミッテゴラン・ランキング>☆
オリエントの展示がすこし変わっていた。あたらしい館蔵品らしい。静岡県立美術館の展示にもミホの作品が出ていたのです。






植田正治は素敵な写真家である。素朴な写真であるが演出した写真というところが面白い。最近は福山雅治が心酔していることで有名であるが、それ以前から良い写真家であった。土門拳とは違ってまたいい。植田風に白黒でチャレンジした。逆さまの大山はピンホールカメラの原理を説明するための展示である。
<ミッテゴラン・ランキング>☆☆
植田正治写真美術館



























